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谷 充展のブログ

ある時、不意に胸を衝く言葉たち。そういうものが、どこかに隠れている。そんな場所。

オリーブオイルとコショウで、自分の価値観、身だしなみを整える

日々 考えてる事
帰り道に大戸屋でカツ重と温蕎麦を食べたけれど、なんとなく腹が満たされなかったので家に帰ってきてからトマトを切って食べ、さらにキャベツをザクザクと切ってオリーブオイルとコショウでどんぶり一杯。

前に買ってあったスーパーの安い赤ワインを開けてグラス一杯分を飲んだら、ほんのり良い気分になってくる。

なんだかんだとキョロキョロして周りと比べて焦るクセは相変わらずなのだけど、結局やるのは自分だし相対評価なわけでもないし、なんならそれぞれ自分のフィールドで戦うわけで。

だったら、周りを気にせず自分の価値観を存分に生きながら、疎かにしたらあかんところだけきっちりやりながら、取り組んだ方が楽しかろ。

資格取るのも大事だけれど、実際に自分の力を相手に見てもらって評価された方がより自分の実力を正確に表すのだろうし。それは、資格というものが表しきれない部分も含めての評価でもあるわけで。

あと10日ほどしたら、去年の11月に受けた検定試験の結果が出るけれど、それはあくまでも純粋に言語の運用能力についての指標であって、例えばこいつは仕事し易そうかどうかとか、そういった主観的な事柄についての情報は何もない。

その資格があるなしに関わらず、それよりも、一緒に仕事をしたら楽しそうかどうか、気持ち良いかどうかと言うようなところを大事にしていく方が、大事なのだと考えている。

必ずしも、お金を生み出すことだけが仕事ではなくって。お金を生み出す人が気持ちよく仕事を出来るように周りの雑事をせっせとこなすこともまた、大事なお仕事なのだと考えている。

なんだかワインがぐるぐる回って、ろれつも回らなくなってきたので、お洗濯物を干してシャワーを浴びて、身だしなみを整えてからとっとと寝ましょ。

明日行ったら明後日は祝日でお休みだわーいわーい

親父の塩ラーメン、部屋の模様替え、母親の愛情と人生を楽しむことについて

ご飯ご飯! 日々 考えてる事

先日、実家での休みの日の朝食の話になった。

 

土日になると、親父の朝ごはんは基本的にラーメン。昔は「好きやねん」が主流だったけれど、だんだん「サッポロ一番塩ラーメン」に取って代わられた。朝の9時くらいにおもむろに台所に行き、お湯を沸かしてラーメンを湯がく親父の姿が印象深い。卵を落としてみたり、キャベツを入れたりしてたっけ。基本的に料理をしない人だけど、休みの日の朝食に食べるラーメンだけは自分で作っていた。そんな話をした。

 

今日スーパーに寄って買い物をしていると、ラーメンが並んでいる棚の前に来た時にこのことを思い出し、食べたくなったので一人暮らしを始めてから初めてラーメンを買った。小腹が空いたりした時に食べるようにと思ったけど、遅くなったのもあり、早速ひと袋湯がくことにした。ラーメンだけだと晩御飯を食べた気にならないので、キャベツを切ってラーメンの上に乗せ、それから塩を少し振った冷奴を食べた。ついでに、キャベツを切るときに左手の人差し指を切った。本当に良く切れる包丁だこと。危うく指を削ぐとこだった。

 

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昨日、部屋の模様替えをした。と言っても、融通の利かない間取りなのですが。ただ、ローテーブルの位置をベッドのすぐ隣に置いただけで、部屋の真ん中に腰を落ち着けて作業する場所ができ、また、ワンルームの部屋を寝室とリビングというふうに仮想的に区切ることもできた。気分一新。

 

雑然としていた小物類とか、書類とか雑誌とか、そういうものをきちんと秩序立てて収納し直すことで、部屋の空気もピリッとする。気持ちが良い。

 

お母ちゃんから今日LINEがあり、前に頼んでいたものをようやく発送しましたとのこと。遅くなったお詫びにお菓子も入れたよーとの母の愛情に、ただただ頭がさがる思いです。

 

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走って、洗濯して、シャワーを浴びて、ご飯を食べて、洗濯物を干して、洗い物をしてお茶を入れたら、なんだかとっても充実感にあふれている。

 

何をするにもまず、人生を楽しむことがいちばんじゃないか!と、信号待ちにふと思った寒空の夜。星が輝いていた。キラリ。

聞き役の自分を否定しない。

考えてる事
自分で自分を否定してしまう時は、自分を否定する時に使っている言葉や言い回しに気をつけて、それを自分にとって中立的な別の表現で言い換えれば良い。

自分の理想と現状が乖離していて苦しむのなら、果たして地球上の全員がその理想の自分になったところを想像してみれば良い。もしかしたらその理想の姿は、別に自分がそうならなくても良いものなのかも知れない。

自分の仕事のこととか趣味とかその他諸々のことを熱く語れる人に憧れるのは勝手に憧れれば良いけれども、熱く語るエネルギーを持っているその彼または彼女は、自分の話を聞いてくれる「あなた」を必要としていますから。

話を聞いてばかりの自分を卑下する必要は、どこにもない。

ただ、自分が本当に何かをやりたい時は、自分の言葉でそれを語ることが欠かせない。レストランでオーダーしないと料理が来ないのと同じく。

でもそれはまた別のお話。聞き役という役も、同じくらい意味のある役ですよと言うこと。

聞くのにも、それなりの能力が必要でね。

節分には太巻きを、もっともっと身体の近くで、一寸先は闇なので。

日々 考えてる事
今日は節分。ランチに、会社近くのミニストップで「幸運恵方巻」なるものを買って食べる。予想以上に美味しくて、幸せ。

やはり季節の節目ごとのイベントは、やっておきたい。太巻きの起源が花街のお遊びだとしても、あるいは商業ベースのイベントだとしても、節分には太巻きと豆を食べ、バレンタインにはチョコレートが少なくとも母親から与えられ、その他諸々節目ごとのイベントと共に育ってきているのである。

つい自分でも、「いや、言うて結局購買欲掻き立てるために作り上げられたイベントやん」などと言ってしまうけれど、そう言ってやらないのは、僕は野暮なことだと思う。

なので、会社でひとり勝手に南南東を向き、黙って太巻きをかじった。そして今は、歳の数だけの福豆を食べながら、これを書いている。

ボリボリ。

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余計なことを考えながら物事に当たると、自分の持っている力の20分の1も発揮できないことを、実感する。いちばん目の前にあることに意識を集中させれば、自分の力の限界とまではいかなくとも、そこそこのパフォーマンスが出来るような感覚。

例えばランニングをする時、ペース配分とかも大事だけど、呼吸のペースであったり脚の運びであったり、もっともっと自分の身体に近いことに意識を集中させればいい。時計なんて、チラチラ見ても放っておいても、進み方は同じなんだから。

全体の絵を描くことも大事だけれど、一旦描いたらそれをいい意味で放棄せよ。

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なんと明日は立春。旧暦ですけど。そうこうしているうちに、2月も1週目が終わり、来週は週中に祝日があり、その週末は審判割当と研修で、そしたらもう月の折り返し。

あっという間だけれど、春の訪れが待ち遠しい。お出かけしやすくなるし、日もどんどん長くなるし。

観たい映画、読みたい本、行きたい所、会いたい人。たくさん想いを馳せることが出来ると言うことは、幸せなことやなぁと思う。

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先日、同じ日に人の生き死にに関わる話を2件聞いた。これまで、「人が亡くなる」ことに際する経験が少ない方だったので、より際立って一寸先は闇と言うことが感じられた。

年頭にも書いたと思うけれど、少しでも頭に浮かんだ考えだったり、心に浮かんだ想いを、できるだけ素直に行動に移していこうと、改めて思う。

会いたいと思ったら、会いに行きます。それでタイミングが合わなければ、また今度ね。迷惑かなと思って勝手に諦めることはせずに。尋ねるくらいは、できるからね。

20時定時は長い、長すぎる。

日々 考えてる事
慌ただしい勢いで過ぎ去っていった1月が終わり、個人的にものすごく長い2月がスタート。なんと今月の終業定時が20時。残業で20時になるんじゃないの、20時まで必ず居ないといけないの。

仕事が残っていようが片付こうが、必ず20時まで。その分、12・1月は17時定時だったので、文字通りのアフターファイブをエンジョイし尽くしたのだけれども!!!初日からして気が重くなった、帰りの山手線。

それはまぁさておき。

先日のエマニュエル・トッドの講演会はすこぶる面白かったです。シャルリー・エブド襲撃事件後のフランス国内のリアクションに対する分析が主な内容。宗教の崩壊と経済的危機が重なるとどうなるか、と言うような論筋。で、帰り道に買って読み始めたのがこれ。

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 (文春新書)


なかなか読み応えのあるものです。エマニュエル・トッドは、経験則的な分析を通してこの先にどういう事が起こると予想されるかを考えた結果として、ソ連の崩壊などを"予言"した人です。その分析の展開を追いかけるのが、エネルギーを使うけど面白い。


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なんというか、大きな箱を開けて中身がとっ散らかったようにいろんな事が起こった1月だったけれど、最後にしゅるしゅるっとラッピングされてキチンと秩序がもたらされたような、そんな感覚。


面白そうな話もいただき、今月は少し自分ごとにしっかり向き合う時であるような予感。


2月も元気に。

補完的な何か

考えてる事
どこまでも受け身だが、
その姿勢をとる一点に関しては
能動的である。

どれだけ積極的でも、
怖れに駆動された積極性は
その時点で消極的だ。

二元論だったり
対義語であったり
一見、対称に見えるものでも
実際に逆を取れば
非対称的な帰結になることが
ほとんどではないだろうか。

そう言えば昔、
片足のアキレス腱を断裂した後
もう片方のアキレス腱も切って、
却ってバランスが良くなった
と言うような事を言った
野球選手がいた。

そんな事を思い出した。

対称的とか対立的
と言うことよりも、
補完的であることを
見落とすな。

そして、その補完し合う
二つのものは、
両立することが可能なのだ。

そして、新たな第三の何かを
生み出すことも、あり得るのだ。


壮絶な二日酔い、おでんのちくわぶ、満月の夜の澄んだ空気の下で

日々
壮絶な二日酔いの日曜の午後に、結局向かい酒をする。モンブランをミルクティーと食べた後に、アペリティーボと共にロゼを飲み、それから白を飲んでる時に食欲が出てきたのでカルボナーラを食べ、最後にソルベ。

家に帰ってシャワーを浴び、洗濯物をいつものように乾燥機で乾かしに行く。帰りに小腹が空いたので、近所のコンビニでおでんを買う。ちくわぶと言うものを頼んでみたけれど、あまり口の合わない。定番のタネでいいです。卵と大根と厚揚げ。

空に月が輝いていて
あまりにも輝いていて。




葉山再び、パエージャとポーカー、冬の大三角形

日々

週末、再び葉山へ。

今回は総勢7人でのホームパーティー。畳の上でみんなでローテーブルを囲み、パエージャやチョリソーを美味しいワインとともに堪能する。

こんな感じ。

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初めましての人もいたけれど、素晴らしくみんなソーシャルで、すぐに打ち解けあって楽しい時間を存分に過ごす。

食事の後は、約10年ぶりのポーカー。スウェーデン留学時代に、週末になると寮のみんなで集まって酒を飲みながらずーっとポーカーに興じていたのを思い出す。懐かしい思い出。

ひとしきり騒いでから、夜中のビーチへ。男2人で語り合うのもいいけれど、男女7人での散歩もまた味がある。見たことはないけれど、昔のドラマの男女7人冬物語(?)ってこんな感じなのかな。

海岸で見る夜空は、都内と比べ物にならないくらい星がよく見え、昔覚えた星座の話で盛り上がる。冬の大三角形とかオリオン座と蠍座の話とか。

なんだかんだで結局朝の6時まで普通に飲み続けて、4時間ほど睡眠。翌朝、頭痛とともに目覚めながら、近くのベーグル屋さんまで散歩がてら朝食を買いに行って、昼過ぎに先にお暇。


ローストビーフ、弟の声色、色鮮やかな再会の数々

日々 考えてる事
1週間遅れのお正月をようやく迎えた。

年始早々の出張から帰ってきた翌日の金曜日から、結婚式の二次会に合わせて実家に帰った。初めて年越しを東京でしたわけだけれど、やっぱり長年染み付いた決まりごとをやらないとお正月を迎えた気がしない。なので、前もってお母ちゃんにおせちメニューの一部をリクエスト。金曜日の晩御飯は、こんな感じになりました。

どーん。

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お雑煮、うちは白味噌です。数の子と酢蓮根、ハムとだて巻きとローストビーフ。このローストビーフは、お正月にしか食卓に並びません。実家住まいの時は近くのバーにお裾分けしたりしたんやけど、まぁみなさんの喜んでくれること喜んでくれること。毎年大晦日の夜中に、お母ちゃんが焼き上げてはります。あとは、縁起物の黒豆とごまめでおせちを堪能。今年も美味しくいただけて幸せでした。

年末の記事にも書いたけれど、弟と飲みに行くことが今回の帰省でやりたかったことの一つ。土曜日の晩に行ってきた。淀屋橋のスペインバルで、2時間ほど。ちょうど仲の良い人生の先輩にも久々に会えて、楽しいひと時。

はじめは、「こいつってこんな声で喋べんねや!」っていうところからのスタート。ゆっくり語り合ってみると、見えてなかった彼の色々な側面が垣間見えたような気がする。お兄ちゃんが思っている以上に弟君はしっかりモノ考えてて、感心しきりでした。しっかり夢追いかけてるし。カッコよかったな。

そのあと、心斎橋の懐かしのバーにハシゴして一杯だけ飲んでから解散。僕は友人からの呼び出しがあったのでそちらへ。

結婚パーティー当日は、昼間に昔通っていた美容院にご挨拶へ。スタイリングだけの予定が、あれやこれや話しているうちにカット&パーマのオーダーになってしまった。まぁ良い感じに仕上げてもらったので大満足なわけですが。

メインイベントの結婚パーティーは、新郎が審判の先輩。僕に審判活動を始めるご縁を結んでくださった方って事を、会場でようやく思い出す。それはさておき、お世話になった先輩方や慕ってくれる後輩たち、同じ立場で同じところを目指した多くの仲間と久闊を叙することが出来たことは、本当に嬉しかったし楽しかった。あまりに楽しくってあまりに酔っ払って、最後の方は先輩捕まえて偉そうに喋っていたなぁ。それくらい話したいことが盛り沢山でしたのよ。久々の再会が嬉しくって楽しくって。

家族とゆっくりご飯を食べ、おばあちゃんに会いに行き、お母ちゃんと買い物に行き、弟と飲み、ずっと会いたかった人たちと会って話ができ、大変充実した4日間だったなって思うし、やはり自分のルーツは大阪やなって改めて強く思った。

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目の前を鳩が
横切ろうとしていた。

歩みを止めて
横切らせてやるか

止まらずにそのまま
歩いていくか。

時に、
そのわずかな差が
人生の展開を急激に
変えることもある。

出来事は記憶を呼び起こし
記憶は感情を
呼び起こす。

理性で蓋をすることも
大人になることの
ひとつの様相なんだろうけれど

ひとたびその蓋が
何かの拍子でわずかでも
開いて仕舞えば、

一瞬にして世界が
崩壊する。

鳶の鳴き声、生姜とレモンのアクセント、指輪職人

日々

朝、鳶の鳴き声で目を覚ます。障子越しにも天気が良いのが一目でわかる。二階に上がって窓を開けると、波打ち際の向こうに、聳え立つ富士が見える。葉山で迎えた朝。期待を裏切らない景色が、感覚を研ぎ澄ます。

 
昨夜は夜中にウディ・アレンの映画を観た。ミッドナイト・イン・パリ

 

ミッドナイト・イン・パリ [DVD]

ミッドナイト・イン・パリ [DVD]

 

 

何度も何度も薦められていた映画を、ようやく見ることができた。TSUTAYAに行き、DVDを借り、家で2時間ほど過ごす時間があればなんてことはないのに、なぜこれまで借りて見ることをしなかったのか。きっと、取るに足らない言い訳だったり、すぐに忘れてしまっていたりしたのだろう。

 

映画のお供は、ペコリーノとチョリソー、それに極上の赤ワイン。そういえばトリュフもあったな。すごい贅沢。朝は朝で、ジューサーで100%の野菜ジュースを用意してくれた。材料は、セロリ・人参・小松菜・生姜・りんご・レモン。気分も元気になるジュース。生姜とレモンがいいアクセントになっていて、思った以上に飲みやすかった。こういうもてなしを、さらっと用意する友達を見ているのが楽しい。手際の良さは、それだけで楽しめるものだ。

 

今日は昼前からジョギング。快晴のもと、稲村ガ崎から江ノ島まで、海沿いを走る。約8キロと少し。その後、稲村ガ崎温泉で1時間半ほど、じっくりゆっくり身体をほぐす。腹を空かせながら、彼の買い物に三浦まで。ホームセンターの回転寿司で空腹を満たして、買い物を済ませてから家に戻る。少しやることがあるという彼の仕事を見守り、それから駅まで送ってもらう。

 

そんな友人は、スペイン人の指輪職人。自分のブランドを立ち上げ、ハンドメイドでユニークな指輪を生み出す。常に目標を持ち、トライ&エラーを重ねながら物事を進め、技術を身につけていく。そんな彼が作業をする後ろ姿を見ながら、自分は何をしていくのか、漠然と思考を巡らせる。

 

家に帰ってきて、もう一枚DVDを観て、残っていたみかんを4つ全部食べ、休暇はお終い。明日から、中国。そのあとようやく帰省。お母ちゃんのご飯が、待ち遠しい。

スタジアム観戦、葉山の景色、気分が上がる仕掛けを

日々 考えてる事
東京で初めて過ごす年末年始ならではのイベントのひとつが、高校サッカーの観戦。今日は後輩の応援も兼ねて、駒場まで。正月に似合わない暖かさと雲ひとつない晴天のもと、今年最初のスタジアム観戦。今年はスタジアムに足を運ぶ回数を増やそうと思う。

いったん家に帰って、お泊りの荷支度。今晩は、葉山に住む友人を訪ねて一晩お世話になる。彼の家は目の前がすぐ砂浜で、浜辺からは天気のいい日には富士山が見える。明日の朝も、きれいな景色が見れるといい。

荷物を持って、銀座まで。年賀状を追加で用意してから、いつものお店に新年のご挨拶。2日前に年末の挨拶を済ませたばかりだけど、営業初日に顔を出すことはゲン担ぎのようなもので。今年も色々な場面でお世話になるので、キチンとご挨拶を。

Facebookにも書いたけれど、意図的に心地よい良いスタートを重ねることで、良い波に乗っていけるような感覚がある。自分の日常に、いかにキッカケを仕掛けるか。

気分が上がる仕掛けを。

2016年、年頭に際し。

ご報告 日々 考えてる事

飲んで寝て起きてDVDを観てまた飲みに出かけて、を繰り返していたら年末の連休なんてあっという間に過ぎ、2016年になった。気づけば6日連続の飲み会。その分、それだけの人と再会できたり新しい出会いもあったりで、初めて過ごした東京での一人の年越しも、楽しく新年を迎えられたように感じる。

 

今年は渋谷のマクドナルドにて、ダブルチーズバーガーセットで幕開け。得意のポジティブ思考で、底辺から始めたらあとは上がっていくしかないということにして。帰って少し寝てから初詣。年末に東京に越してきたお友達の氏神様にお参り。そのあと、自分の住んでいるところ氏神様にも、無事新年を迎えられたお礼に詣でる。

 

振り返ると昨年は、いろんな新しい経験ができた年だった。印象深いのは、夏にSEALDsのデモに参加したこと。それから、日常がようやく日常らしくなってきたこと。結局は、日々の生活が大事であって、その延長上に政治のこともあるし、幸せを感じるのも例えば部屋の陽あたりだったり身近な自然だったり、そういうことなんだろうと今日も話していて思った。

 

仕事始めの4日から早速中国に出張で、その後有給も絡めて連休で帰省となるので、まだまだバカンスが続くような気がして気分は緩んでいる。けれど、今年は思いついたことをできる限り行動に移して、ビビりながらもチャレンジしていく年にする。そういうことに、する。

 

 

年頭に際し、ブログ名も本名に変更しました。自分が考えたこと・感じたことを、自分の「固有名で」書き連ねていこうと思います。基本駄文ですが、今年も本ブログをよろしくお願いいたします。

 

 

谷 充展

海街diary、弟との時間、時間的な非対称性

日々 考えてる事

今日は久しぶりにお家でDVD鑑賞。予告編で気になっていた作品を、ようやく。

 

 

 

とってもいい映画だったな。マイ・ベスト5に必ず残っていきそうな作品。まぁ揃いも揃ってキャスティングが素晴らしいのは言うまでもないので、ここからは個人的な感想など。

 

僕には弟が一人、4つ違いでいるけれど、この映画を観ていちばん印象に残ったことは、これまで二人で語り合ったり、一緒に遊んだりした記憶がほとんど碌にないということだった。覚えていることは、喧嘩していたことばかり。まぁ中学生と小学生の男兄弟にとっては、ごく当たり前のことだっただろうけど。

 

彼は、中学生の時から自分の中の世界に頭までどっぷりと浸かり、僕は僕で、独立意識というか、「自分は自分、他人は他人」という極端な考えをしていたので、お互いの10代のほぼすべての時間を通して、直接的な交流というものはなかった。

 

二人がもっと小さい頃は、僕が同い年の幼馴染と遊ぶ時に弟が一緒についてきたりしてきたことはあったけれど、その時の記憶はあくまでも僕が友達と遊んだ記憶であり、決して弟との記憶とは言えない。それに、そこまで鮮明に覚えていることでもない。

 

そういえば、一度仲の良い家族で山間にキャンプに行った時、彼が小さな滝に落ちそうになったことがあったのを、今思い出したな。その時は親父がギリギリのところで気づいて、慌てて抱きかかえに行って事なきを得たのだけど、まだ小さかった弟は、川に流されたサンダルを無邪気に捕まえに行こうとして、1メートル先の滝に向かってふらふらと水の中を移動しようとしていたんだ。

 

その事を考えると、今まであまり共有してこなかった分の時間を、これから少しずつ取り戻す作業をしようと思えること、そのことの幸福を言祝ぎたい気持ちになった。

 

ただ先に生まれただけ。

ただ後に生まれただけ。

時間的な非対称性はあったにせよ、

お互い四半世紀以上

生きてきたわけで。

 

全く違う人生を

選んできているからこそ、

ある意味フラットに

彼を見ることもできる。

 

 

今度実家に帰った時は、

二人で飲みに、

いけたら楽しいだろうな。

渋谷で水タバコ、アルゼンチンのスペイン語、音声学的に言うと

日々 考えてる事 語学
クリスマスイブ。今日は渋谷でスペインつながりの集まり。6時から4時間、終始スペイン語でバカ話、時々真面目なお話。久しぶりに水タバコを吸いながら、ホットワインを飲む。トルコ料理屋と聞いていたけど、やれポルチーニのパスタやらピザやら、イタリアンか?と。まぁ楽しかったのでオッケー。

帰り道、リーベルのサポーターのアルゼンチン人2人と遭遇。夏にアトレティコの通訳をした話をとても面白がってくれて、渋谷から品川まで一緒に電車に乗る。今回のクラブワールドカップの応援で来日し、3週間日本で過ごしたみたい。

アルゼンチンにはアルゼンチンのスペイン語がある。大阪には大阪の日本語があるように。アルゼンチンのスペイン語の音も好きなので、イントネーションや発音やボキャブラリーをチューニングして話そうとしたけど、口をついて出るのはスペインのスペイン語。最低限、二人称複数の代名詞や動詞の活用だけは使わまいと努力をした。

僕はどうやら、「シャ」とか「ジャ」の音が好きなようだ。ガリシア語のxaとか、フランス語のjeとか。音声学的に言うと、後部歯茎摩擦音ですね、はい。僕は大学で音声学の基礎を勉強して、本当に良かったと思っている。

モスバーガーでコーヒーを飲んでいて、レジのポスターに書いてあった「モスチキン」が一瞬「モレスキン」に読めて、自分のモレスキン愛を再確認。だってやっぱり、カッコいいんだもの。

何かを勝ち取りたければ、少なくともそのフィールドに立たないとね。家にこもっているだけでは、何も手に入らない。特に、他人が絡むことは。恋愛も然り。勝ち取るというのは何か違うような気もするけど、自分の中の怖れとの闘いであるという側面はある、と思う。

そんなことを考えた、クリスマスイブでした。

トーストを焼く、いただきもの、乗り換え

日々 考えてる事

夜、思い立って

トーストを焼いた。

 

ところで

パンを焼くことを

「トーストする」

というのであって、

厳密には、

「パンを焼いた」

と言わないといけないと思う。

 

まぁそれはさておき。

 

思い立ったトーストの副菜に、

冷蔵庫のあり合わせでサラダを作る。

キャベツの千切りと、きゅうりとパプリカ。

オリーブオイルと塩・胡椒で味付け。

半分は残して、明日の朝ごはん用に。

 

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この半年を振り返って、

いろいろな贈り物に生かされてきたと

強く感じている。

 

お中元に水ナスをいただいたり

会社でもお土産を頂いたり

結婚式の引き出物や

お歳暮などなど。

 

こうしてたくさんの

いただきものをした分、

また自分も

この「パス」の流れを

閉ざしてしまわないように

順繰りに贈り物をする。

 

具体的なものでもいいし、

形のないものでもいい。

 

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今日は審判資格の更新講習会。行きしな、乗り換えを間違えるハプニングもありつつ、なんとか無事に乗り切りました。いぇい。

 

週中にポッと1日だけ休日となると、なんか曜日の感覚がわからなくなる。ましてや、審判絡みのイベントがあるとなおさらで、日曜日みたいな気分。あと2日出社したら、年末年始の休暇です。気張るで。

 

 

スウェーデンに出すつもりのクリスマスカードを買ったはいいけど、まだ手元にあって、もう日付が24日になっていて、どうしよう。