谷 充展のブログ

ある時、不意に胸を衝く言葉たち。そういうものが、どこかに隠れている。そんな場所。

誰が為に笛は吹かれるのか。

スペイン人の友達とサッカーを観に行った帰り、バルで飲みながら話したこと。

「何のために、誰のために審判はおると思う?サッカーそのもの?選手?観客?」
Para quién o para qué está árbitro en fútbol?

直近の試合でモヤモヤしていたものを少しでも咀嚼したくって。

曰く。
「選手をコントロールするため。選手が怪我をしないように。サッカーのためとは言わない。サッカーは常にサッカーであり続けるから。」

オーケー。じゃあ選手が怪我をしないためにどうして選手をコントロールする必要がある?

「コントロールする者がいないと、選手がどこまでなら許されるのか試してきて、プレーの激しさに歯止めが利かなくなるから。」

こういったことを、一人の在日外国人としての視点で語ってくれた。日本で暮らして実感する文化的な違いや背景といった切り口で。

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いちいちの正誤を気にしてると、全体の絵が描けなくなって逆に試合の醍醐味を削ぐことがある。しかし、全体としてのコントロールの土台には、一つ一つの正確な判定の積み重ねが相当大きな割合を占めていることもまた事実である。

予防的なレフェリング、と口で言うのは容易い。けれども、紋切り型のフレーズで水に流すわけにはいかない。

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味方が再三再四のビッグチャンスを外し続け、レフェリーは的確な判定で試合をコントロールしていても、最後のワンプレーで際どい(けれども正しい)PKを取られて0-1で負ければ、矛先はレフェリーに向くだろう。それが嫌なら、辞めるしかないでしょう。

問いと答え、マニュアル通りの応対

チャージ式のカードで支払おうとして残金が足らなかったので、
「不足はいくらですか?」
と聞いたところ、
「カードには***円残っています」
と、特大の笑顔で言われる。

つまり、
会計金額から
カード残金をその場で
計算する
羽目になった。

計算が面倒だという話ではなく、質問と答えが噛み合わないことにとても疲労感を覚えるとともに、その日1日の疲れもあって、とてもイライラした。

後日、同じ店でもう一度同じケースがあり、今度も不足額を訊くと、
「チャージされますか?現金で支払われますか?」
と言われたので、
「い・く・ら、足りませんか?」
と再度、尋ねる。

教育やマニュアルの効果なのだろうが、とても親切丁寧な対応が名高いチェーン店ではあるけれど、そんなの多少できなくていいから、訊いたことに答えてくれ。

そして、我が身を振り返って、自分がどれだけ人の質問に対して的確に答えられているだろうか、自信がなく暗澹たる気分になる。

ぽろぽろ

12月はほぼ毎日ブログを書き、1月もちょこちょこ書き、2月になると数本の記事のみで、結局3月は全く文章が出てこなかった。そういう時間がなかったわけではないけれど、なんとなく書かなかった。

日々、色々なことは起こるし楽しいこともあるし考えることも当然ある。ただ、何よりも本を読む量が少なくなると、確実に文章のアウトプットの量も減る。ネット上でいくらテクストを目にしていたとしても。

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自分から会いに行かないとどうしても会えない人や物がある。場所など、向こうから会いに来てくれる可能性は全くない。そうした対象に会いに行くことを大事にしていこうと思ったのは、昔お世話になったお店に顔を出した時。

来年、両親が還暦を迎える。赤いちゃんちゃんこは、お爺ちゃんお婆ちゃんにあげるものだという認識だったので、少し驚いた。これまで生きてきた時間が急に眼前に迫ってきたような気がして。

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2月おしまい、奇跡的な確率の出会い、Something Great

今月初めにこんな記事をあげました。


そんな20時定時も今日でおしまい。明日からは19時定時なので、少しは仕事のあとも何かまとまった事を出来るかな。

まぁ定時の話はさておき。

なんと言うか、好きだとかあれやりたいとか何食べたいとかどこ行きたいとか、そういう事は口に出していきたいなと思うのです。

僕は、輪廻転生とか過去生とか、そういうものもあるんだろうなっていう考え方だけれども、だからと言って今回のこの人生は一回きりなのであって。

メンターの人の教えの一つに、「人は、生まれて出会って死んでいく」というものがあって。

いくつだったか数字は忘れたけれど、膨大な数の中のたった一つの精子とたった一つの卵子が受精して人一人が生まれてくるわけで。同じように別の精子卵子の奇跡的な出会いの結晶である別の人とある時たまたま出会ったのだから、人生のどこかで同じ時空を共有したもの同士、お互いに祝福し合えたらいいなと思う。

目の前に空き缶が落ちているのはたまたまだけれども、それを拾って捨てるか素通りするかはアナタの決断次第であって。

閉まりかけたドアに駆け込むか次の電車を待つか、それもお前次第であって。

僕らはよく、Something Greatとか学生の頃言っていたけど、そういうものを信頼して生きていきたいと思うし、素の自分を否定せずにそのまま受け止めてあげたいと思う。

例によってコインランドリーで洗濯物が乾くのを待っている。どうしようもなく眠たいけれど、やる事をやってしまえば後ろめたさがなくなってぐっすり眠れるよ。


笑いが出るくらいの香りと出会う。

先日、赤ワインと一緒に食べよう思って、KALDIでカマンベールを買いまして。冷蔵庫に入れてたら、まぁプンプン香ってきてですね。あの香りがまた良いんですけど。

で、いざ食べてる時にクンクン嗅いでみたんですわ。鼻をギリギリまで近づけて、じーっと嗅いでみたん。そしたらあまりにも芳醇な香りで、思わず笑ってしまってね。

笑える香りがこの世にあるって初めて知りました。

ちなみにそのチーズはこちらね。


実に美味しいです、このカマンベール。たまらんです。

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話は変わり。

何というか、自分自身と自分が所属する組織の他の構成員を一緒くたに見られることって、本当にかなわんし、なんなら気持ちが悪いね。と同時に、自分もそういう見方をしてるんやろなっても思ったけど。

忖度してるんかどうなんか知らんけど。

別に大人になれば良いだけど話なんやけど、回りくどいやり方で間接的に言われると逆に意固地になるよ。

っていう、ちょっとした愚痴をこぼしてオヤスミ。

オリーブオイルとコショウで、自分の価値観、身だしなみを整える

帰り道に大戸屋でカツ重と温蕎麦を食べたけれど、なんとなく腹が満たされなかったので家に帰ってきてからトマトを切って食べ、さらにキャベツをザクザクと切ってオリーブオイルとコショウでどんぶり一杯。

前に買ってあったスーパーの安い赤ワインを開けてグラス一杯分を飲んだら、ほんのり良い気分になってくる。

なんだかんだとキョロキョロして周りと比べて焦るクセは相変わらずなのだけど、結局やるのは自分だし相対評価なわけでもないし、なんならそれぞれ自分のフィールドで戦うわけで。

だったら、周りを気にせず自分の価値観を存分に生きながら、疎かにしたらあかんところだけきっちりやりながら、取り組んだ方が楽しかろ。

資格取るのも大事だけれど、実際に自分の力を相手に見てもらって評価された方がより自分の実力を正確に表すのだろうし。それは、資格というものが表しきれない部分も含めての評価でもあるわけで。

あと10日ほどしたら、去年の11月に受けた検定試験の結果が出るけれど、それはあくまでも純粋に言語の運用能力についての指標であって、例えばこいつは仕事し易そうかどうかとか、そういった主観的な事柄についての情報は何もない。

その資格があるなしに関わらず、それよりも、一緒に仕事をしたら楽しそうかどうか、気持ち良いかどうかと言うようなところを大事にしていく方が、大事なのだと考えている。

必ずしも、お金を生み出すことだけが仕事ではなくって。お金を生み出す人が気持ちよく仕事を出来るように周りの雑事をせっせとこなすこともまた、大事なお仕事なのだと考えている。

なんだかワインがぐるぐる回って、ろれつも回らなくなってきたので、お洗濯物を干してシャワーを浴びて、身だしなみを整えてからとっとと寝ましょ。

明日行ったら明後日は祝日でお休みだわーいわーい

親父の塩ラーメン、部屋の模様替え、母親の愛情と人生を楽しむことについて

先日、実家での休みの日の朝食の話になった。

 

土日になると、親父の朝ごはんは基本的にラーメン。昔は「好きやねん」が主流だったけれど、だんだん「サッポロ一番塩ラーメン」に取って代わられた。朝の9時くらいにおもむろに台所に行き、お湯を沸かしてラーメンを湯がく親父の姿が印象深い。卵を落としてみたり、キャベツを入れたりしてたっけ。基本的に料理をしない人だけど、休みの日の朝食に食べるラーメンだけは自分で作っていた。そんな話をした。

 

今日スーパーに寄って買い物をしていると、ラーメンが並んでいる棚の前に来た時にこのことを思い出し、食べたくなったので一人暮らしを始めてから初めてラーメンを買った。小腹が空いたりした時に食べるようにと思ったけど、遅くなったのもあり、早速ひと袋湯がくことにした。ラーメンだけだと晩御飯を食べた気にならないので、キャベツを切ってラーメンの上に乗せ、それから塩を少し振った冷奴を食べた。ついでに、キャベツを切るときに左手の人差し指を切った。本当に良く切れる包丁だこと。危うく指を削ぐとこだった。

 

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昨日、部屋の模様替えをした。と言っても、融通の利かない間取りなのですが。ただ、ローテーブルの位置をベッドのすぐ隣に置いただけで、部屋の真ん中に腰を落ち着けて作業する場所ができ、また、ワンルームの部屋を寝室とリビングというふうに仮想的に区切ることもできた。気分一新。

 

雑然としていた小物類とか、書類とか雑誌とか、そういうものをきちんと秩序立てて収納し直すことで、部屋の空気もピリッとする。気持ちが良い。

 

お母ちゃんから今日LINEがあり、前に頼んでいたものをようやく発送しましたとのこと。遅くなったお詫びにお菓子も入れたよーとの母の愛情に、ただただ頭がさがる思いです。

 

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走って、洗濯して、シャワーを浴びて、ご飯を食べて、洗濯物を干して、洗い物をしてお茶を入れたら、なんだかとっても充実感にあふれている。

 

何をするにもまず、人生を楽しむことがいちばんじゃないか!と、信号待ちにふと思った寒空の夜。星が輝いていた。キラリ。

聞き役の自分を否定しない。

自分で自分を否定してしまう時は、自分を否定する時に使っている言葉や言い回しに気をつけて、それを自分にとって中立的な別の表現で言い換えれば良い。

自分の理想と現状が乖離していて苦しむのなら、果たして地球上の全員がその理想の自分になったところを想像してみれば良い。もしかしたらその理想の姿は、別に自分がそうならなくても良いものなのかも知れない。

自分の仕事のこととか趣味とかその他諸々のことを熱く語れる人に憧れるのは勝手に憧れれば良いけれども、熱く語るエネルギーを持っているその彼または彼女は、自分の話を聞いてくれる「あなた」を必要としていますから。

話を聞いてばかりの自分を卑下する必要は、どこにもない。

ただ、自分が本当に何かをやりたい時は、自分の言葉でそれを語ることが欠かせない。レストランでオーダーしないと料理が来ないのと同じく。

でもそれはまた別のお話。聞き役という役も、同じくらい意味のある役ですよと言うこと。

聞くのにも、それなりの能力が必要でね。

節分には太巻きを、もっともっと身体の近くで、一寸先は闇なので。

今日は節分。ランチに、会社近くのミニストップで「幸運恵方巻」なるものを買って食べる。予想以上に美味しくて、幸せ。

やはり季節の節目ごとのイベントは、やっておきたい。太巻きの起源が花街のお遊びだとしても、あるいは商業ベースのイベントだとしても、節分には太巻きと豆を食べ、バレンタインにはチョコレートが少なくとも母親から与えられ、その他諸々節目ごとのイベントと共に育ってきているのである。

つい自分でも、「いや、言うて結局購買欲掻き立てるために作り上げられたイベントやん」などと言ってしまうけれど、そう言ってやらないのは、僕は野暮なことだと思う。

なので、会社でひとり勝手に南南東を向き、黙って太巻きをかじった。そして今は、歳の数だけの福豆を食べながら、これを書いている。

ボリボリ。

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余計なことを考えながら物事に当たると、自分の持っている力の20分の1も発揮できないことを、実感する。いちばん目の前にあることに意識を集中させれば、自分の力の限界とまではいかなくとも、そこそこのパフォーマンスが出来るような感覚。

例えばランニングをする時、ペース配分とかも大事だけど、呼吸のペースであったり脚の運びであったり、もっともっと自分の身体に近いことに意識を集中させればいい。時計なんて、チラチラ見ても放っておいても、進み方は同じなんだから。

全体の絵を描くことも大事だけれど、一旦描いたらそれをいい意味で放棄せよ。

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なんと明日は立春。旧暦ですけど。そうこうしているうちに、2月も1週目が終わり、来週は週中に祝日があり、その週末は審判割当と研修で、そしたらもう月の折り返し。

あっという間だけれど、春の訪れが待ち遠しい。お出かけしやすくなるし、日もどんどん長くなるし。

観たい映画、読みたい本、行きたい所、会いたい人。たくさん想いを馳せることが出来ると言うことは、幸せなことやなぁと思う。

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先日、同じ日に人の生き死にに関わる話を2件聞いた。これまで、「人が亡くなる」ことに際する経験が少ない方だったので、より際立って一寸先は闇と言うことが感じられた。

年頭にも書いたと思うけれど、少しでも頭に浮かんだ考えだったり、心に浮かんだ想いを、できるだけ素直に行動に移していこうと、改めて思う。

会いたいと思ったら、会いに行きます。それでタイミングが合わなければ、また今度ね。迷惑かなと思って勝手に諦めることはせずに。尋ねるくらいは、できるからね。

20時定時は長い、長すぎる。

慌ただしい勢いで過ぎ去っていった1月が終わり、個人的にものすごく長い2月がスタート。なんと今月の終業定時が20時。残業で20時になるんじゃないの、20時まで必ず居ないといけないの。

仕事が残っていようが片付こうが、必ず20時まで。その分、12・1月は17時定時だったので、文字通りのアフターファイブをエンジョイし尽くしたのだけれども!!!初日からして気が重くなった、帰りの山手線。

それはまぁさておき。

先日のエマニュエル・トッドの講演会はすこぶる面白かったです。シャルリー・エブド襲撃事件後のフランス国内のリアクションに対する分析が主な内容。宗教の崩壊と経済的危機が重なるとどうなるか、と言うような論筋。で、帰り道に買って読み始めたのがこれ。

シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 (文春新書)


なかなか読み応えのあるものです。エマニュエル・トッドは、経験則的な分析を通してこの先にどういう事が起こると予想されるかを考えた結果として、ソ連の崩壊などを"予言"した人です。その分析の展開を追いかけるのが、エネルギーを使うけど面白い。


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なんというか、大きな箱を開けて中身がとっ散らかったようにいろんな事が起こった1月だったけれど、最後にしゅるしゅるっとラッピングされてキチンと秩序がもたらされたような、そんな感覚。


面白そうな話もいただき、今月は少し自分ごとにしっかり向き合う時であるような予感。


2月も元気に。

補完的な何か

どこまでも受け身だが、
その姿勢をとる一点に関しては
能動的である。

どれだけ積極的でも、
怖れに駆動された積極性は
その時点で消極的だ。

二元論だったり
対義語であったり
一見、対称に見えるものでも
実際に逆を取れば
非対称的な帰結になることが
ほとんどではないだろうか。

そう言えば昔、
片足のアキレス腱を断裂した後
もう片方のアキレス腱も切って、
却ってバランスが良くなった
と言うような事を言った
野球選手がいた。

そんな事を思い出した。

対称的とか対立的
と言うことよりも、
補完的であることを
見落とすな。

そして、その補完し合う
二つのものは、
両立することが可能なのだ。

そして、新たな第三の何かを
生み出すことも、あり得るのだ。


壮絶な二日酔い、おでんのちくわぶ、満月の夜の澄んだ空気の下で

壮絶な二日酔いの日曜の午後に、結局向かい酒をする。モンブランをミルクティーと食べた後に、アペリティーボと共にロゼを飲み、それから白を飲んでる時に食欲が出てきたのでカルボナーラを食べ、最後にソルベ。

家に帰ってシャワーを浴び、洗濯物をいつものように乾燥機で乾かしに行く。帰りに小腹が空いたので、近所のコンビニでおでんを買う。ちくわぶと言うものを頼んでみたけれど、あまり口の合わない。定番のタネでいいです。卵と大根と厚揚げ。

空に月が輝いていて
あまりにも輝いていて。




葉山再び、パエージャとポーカー、冬の大三角形


週末、再び葉山へ。

今回は総勢7人でのホームパーティー。畳の上でみんなでローテーブルを囲み、パエージャやチョリソーを美味しいワインとともに堪能する。

こんな感じ。

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初めましての人もいたけれど、素晴らしくみんなソーシャルで、すぐに打ち解けあって楽しい時間を存分に過ごす。

食事の後は、約10年ぶりのポーカー。スウェーデン留学時代に、週末になると寮のみんなで集まって酒を飲みながらずーっとポーカーに興じていたのを思い出す。懐かしい思い出。

ひとしきり騒いでから、夜中のビーチへ。男2人で語り合うのもいいけれど、男女7人での散歩もまた味がある。見たことはないけれど、昔のドラマの男女7人冬物語(?)ってこんな感じなのかな。

海岸で見る夜空は、都内と比べ物にならないくらい星がよく見え、昔覚えた星座の話で盛り上がる。冬の大三角形とかオリオン座と蠍座の話とか。

なんだかんだで結局朝の6時まで普通に飲み続けて、4時間ほど睡眠。翌朝、頭痛とともに目覚めながら、近くのベーグル屋さんまで散歩がてら朝食を買いに行って、昼過ぎに先にお暇。


ローストビーフ、弟の声色、色鮮やかな再会の数々

1週間遅れのお正月をようやく迎えた。

年始早々の出張から帰ってきた翌日の金曜日から、結婚式の二次会に合わせて実家に帰った。初めて年越しを東京でしたわけだけれど、やっぱり長年染み付いた決まりごとをやらないとお正月を迎えた気がしない。なので、前もってお母ちゃんにおせちメニューの一部をリクエスト。金曜日の晩御飯は、こんな感じになりました。

どーん。

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お雑煮、うちは白味噌です。数の子と酢蓮根、ハムとだて巻きとローストビーフ。このローストビーフは、お正月にしか食卓に並びません。実家住まいの時は近くのバーにお裾分けしたりしたんやけど、まぁみなさんの喜んでくれること喜んでくれること。毎年大晦日の夜中に、お母ちゃんが焼き上げてはります。あとは、縁起物の黒豆とごまめでおせちを堪能。今年も美味しくいただけて幸せでした。

年末の記事にも書いたけれど、弟と飲みに行くことが今回の帰省でやりたかったことの一つ。土曜日の晩に行ってきた。淀屋橋のスペインバルで、2時間ほど。ちょうど仲の良い人生の先輩にも久々に会えて、楽しいひと時。

はじめは、「こいつってこんな声で喋べんねや!」っていうところからのスタート。ゆっくり語り合ってみると、見えてなかった彼の色々な側面が垣間見えたような気がする。お兄ちゃんが思っている以上に弟君はしっかりモノ考えてて、感心しきりでした。しっかり夢追いかけてるし。カッコよかったな。

そのあと、心斎橋の懐かしのバーにハシゴして一杯だけ飲んでから解散。僕は友人からの呼び出しがあったのでそちらへ。

結婚パーティー当日は、昼間に昔通っていた美容院にご挨拶へ。スタイリングだけの予定が、あれやこれや話しているうちにカット&パーマのオーダーになってしまった。まぁ良い感じに仕上げてもらったので大満足なわけですが。

メインイベントの結婚パーティーは、新郎が審判の先輩。僕に審判活動を始めるご縁を結んでくださった方って事を、会場でようやく思い出す。それはさておき、お世話になった先輩方や慕ってくれる後輩たち、同じ立場で同じところを目指した多くの仲間と久闊を叙することが出来たことは、本当に嬉しかったし楽しかった。あまりに楽しくってあまりに酔っ払って、最後の方は先輩捕まえて偉そうに喋っていたなぁ。それくらい話したいことが盛り沢山でしたのよ。久々の再会が嬉しくって楽しくって。

家族とゆっくりご飯を食べ、おばあちゃんに会いに行き、お母ちゃんと買い物に行き、弟と飲み、ずっと会いたかった人たちと会って話ができ、大変充実した4日間だったなって思うし、やはり自分のルーツは大阪やなって改めて強く思った。

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目の前を鳩が
横切ろうとしていた。

歩みを止めて
横切らせてやるか

止まらずにそのまま
歩いていくか。

時に、
そのわずかな差が
人生の展開を急激に
変えることもある。

出来事は記憶を呼び起こし
記憶は感情を
呼び起こす。

理性で蓋をすることも
大人になることの
ひとつの様相なんだろうけれど

ひとたびその蓋が
何かの拍子でわずかでも
開いて仕舞えば、

一瞬にして世界が
崩壊する。

鳶の鳴き声、生姜とレモンのアクセント、指輪職人

朝、鳶の鳴き声で目を覚ます。障子越しにも天気が良いのが一目でわかる。二階に上がって窓を開けると、波打ち際の向こうに、聳え立つ富士が見える。葉山で迎えた朝。期待を裏切らない景色が、感覚を研ぎ澄ます。

 
昨夜は夜中にウディ・アレンの映画を観た。ミッドナイト・イン・パリ

 

ミッドナイト・イン・パリ [DVD]

ミッドナイト・イン・パリ [DVD]

 

 

何度も何度も薦められていた映画を、ようやく見ることができた。TSUTAYAに行き、DVDを借り、家で2時間ほど過ごす時間があればなんてことはないのに、なぜこれまで借りて見ることをしなかったのか。きっと、取るに足らない言い訳だったり、すぐに忘れてしまっていたりしたのだろう。

 

映画のお供は、ペコリーノとチョリソー、それに極上の赤ワイン。そういえばトリュフもあったな。すごい贅沢。朝は朝で、ジューサーで100%の野菜ジュースを用意してくれた。材料は、セロリ・人参・小松菜・生姜・りんご・レモン。気分も元気になるジュース。生姜とレモンがいいアクセントになっていて、思った以上に飲みやすかった。こういうもてなしを、さらっと用意する友達を見ているのが楽しい。手際の良さは、それだけで楽しめるものだ。

 

今日は昼前からジョギング。快晴のもと、稲村ガ崎から江ノ島まで、海沿いを走る。約8キロと少し。その後、稲村ガ崎温泉で1時間半ほど、じっくりゆっくり身体をほぐす。腹を空かせながら、彼の買い物に三浦まで。ホームセンターの回転寿司で空腹を満たして、買い物を済ませてから家に戻る。少しやることがあるという彼の仕事を見守り、それから駅まで送ってもらう。

 

そんな友人は、スペイン人の指輪職人。自分のブランドを立ち上げ、ハンドメイドでユニークな指輪を生み出す。常に目標を持ち、トライ&エラーを重ねながら物事を進め、技術を身につけていく。そんな彼が作業をする後ろ姿を見ながら、自分は何をしていくのか、漠然と思考を巡らせる。

 

家に帰ってきて、もう一枚DVDを観て、残っていたみかんを4つ全部食べ、休暇はお終い。明日から、中国。そのあとようやく帰省。お母ちゃんのご飯が、待ち遠しい。