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谷 充展のブログ

ある時、不意に胸を衝く言葉たち。そういうものが、どこかに隠れている。そんな場所。

がっついて、剥き出しの欲望のまま

 

スタバでお隣さんの会話を聞いていた。

(いや、失礼だけどさ、聞こえちゃうから聞いちゃうよね)

 

スーツ姿の二人組。

一人は中年、細身で紳士っぽい雰囲気の人。

髭が似合い、口調が柔らかいところに、

大人を感じる。

 

正面に座っているのは、俺と同い年くらいの男の子。

もしかしたら多少若いのかもしれない。

27-32,3歳、といったところ。

 

 

おそらく話の内容は、仕事における人間関係、

あるいは特定の人について。

 

 

内容どうのはいいのだけれど、聞いていると、

若い男の子(”彼”にしよう)は、

”先輩”(もう一人の紳士)の意見に合わせて特定の相手のことを評価しながら、

「自分はそうではない、もっとまともである」

そういったことを必死にアピールしているように映る。

 

また、

「自分もあなたと同じようなものの見方、人を見る目を有していますよ」

というアピールに映る。

 

さらには、

「こうしていれば、この先輩に可愛がってもらえ、何かといいことある」

のような、計算まで見え隠れしてくる。

(完全に俺個人の意地悪な見方以外の何物でもない)

 

 

 

最初はものすごく嫌な気持ちで聞いていたが(そもそも聞かなくてよい)、

ある瞬間から、彼のことを羨ましく思うようになった。

 

なぜ自分が嫌な気持ちを彼の言動から感じたか。

 

それはおそらく、

自分も同じようなことをすることが多々あり、

その一方で、

はしたないとか、未熟だとかという

ネガティブな評価をそういう物言いに与えているからで。

 

 

そういうネガティブな評価を持っていた自分が、

なぜ途中から、彼を羨むようになったか。

 

それはおそらく、

彼の姿勢の中に、前のめりで必死にアピールする姿勢に

(彼本人には、そんなに必死だったりアピールする意図は

微塵もないかもしれないけれど)

弟子として師匠に学ぶ姿のようなものを、

見出したからだと思う。

 

 

先日、審判の後輩と久しぶりに会って食事に行く機会があった。

(Tくん、君のことだよ。その節はどうも)

 

思えば彼も、「この人」というふうに師匠に弟子入りし、

ガツガツ貪欲に学んでいこうとしてたことを

スタバの”彼”を見ながら、思い出した。

 

 

自分は、まだどこかに

自分の意見や考えや生き方をまっすぐぶつけて

それに対して、

「谷くん、それは違うよ」

と言われることを怖れる気持ちがあるのだろう。

 

 

怖れているというより、

そういう自分の意見とかに対して、

自分の中ですでにネガティブな評価を与えているのだろう。

 

自分で自分を見下し、

バカにし、

恥じらい、

閉じこもり、

 

それでも

承認を求め、

尊敬を欲しがり、

 

そういうふうにギャップがあるから

モヤモヤするのであろう。

 

 

油断してるといつもの癖で、

こういう状態の自分にまたネガティブな評価を与えそうになるけれど

このままの自分しか拠って立つところがないので

気づいたことをここに書き記すのだ。

 

 

自分の中に潜む「したいなぁ」という欲求。

もう少し剥き出しにしていっても、いいんだろう。

 

そして剥き出しにするということは、何も、表現することだけではなくて

「自分で勝手に判断して諦めない」

そういうことなんだろう。

 

 

 

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