谷 充展のブログ

ある時、不意に胸を衝く言葉たち。そういうものが、どこかに隠れている。そんな場所。

雪の日に公園で

昨日は久しぶりの大雪。住まいのあたりは6cmくらい積もっただろうか。妻は外で仕事、こちらは在宅勤務の日だったので、娘と二人きりだったけれど、雪が降ってきたよと教えると大喜び。風邪の治りかけにもかかわらず着ていたパジャマのままベランダに飛び出して踊っていたので、思わず大きな声を出してしまった。こちとら、ビデオ会議中で結構追われていたというのもあり。

またやってしまったなぁと思う。こうやって、一つ一つ彼女の喜びを減じてしまっているのだ。

すぐに、大きな声を出してごめんねと謝ったが、もちろん彼女は彼女の思いをぶつけてきた。目に涙を浮かべながら。ゆきがふってきたからおそとでおどりたくなっちゃったの。パパおこってるきもちがした!(「感じた」を彼女は「きもちがした」という)

最近の彼女は、親が怒ることに非常に敏感になってきたように思う。こちらも、どうしてイライラするのかとか、大きな声を出してしまうのかとか、わかるようでわからない時が多い。大声出しても悪循環に陥るだけで良い結果につながることなんてないのに、ね。

レフェリーでも同じなのでしょうか。大声で威圧的に選手と対峙する必要がある「時もある」だろうけど、それが選手への対応のデフォルトではうまくいかん。そもそも、そういう役割ではない。

こちらに余裕があるときは、娘と一緒になってふざけながら、何かになりきったり設定を二人で考えたりして、彼女にハウスルールに沿ってやるべきことをやらせられるのだけど、寝る前の歯磨きとか咳止め用にヴェポラップを塗る時とか、なかなか布団に入らなかったりとか、色々積み重なるとこちらの小さい器からはすぐに水が溢れてしまう。

そういえば、彼女にも彼女なりの器があるようで、そちらは逆に思いっきり遊べた・遊んでもらえたいうことで満たされないとダメみたい。振り返ってみると、夜にぐずったりするときは、たいてい日中退屈してたり父親と遊びたいのに遊んでもらえなかったり、そんな時だったりする。

話を戻して、そんなこんなで雪を見て小躍りした彼女の出端を折ってしまったものの、そのあと二人でアパートの前の小さな公園に行って、一緒に雪と戯れた。昼過ぎはまだ1cm程度だったけれど、日暮れ間際に再び行った時にはあちらこちらに雪だるまだったり大きな雪のボールが転がっていたりしていて、通りがかった年長のお姉ちゃんと一緒になって雪を投げ合ったりして遊んでいた。父親は父親で、やはり久しぶりの雪で少し嬉しくなっていたのと、娘が雪で遊べるまでに大きくなったんだという感慨に浸りながら、せっせと雪だるまを作っていた。そして嬉しそうに写真やビデオを撮って、自分や義理の両親とのLINEに送っていた。

子守りをして仕事をして雪で遊んで、そのあとコインランドリーまで雪道を歩いていき、色々あって身体よりも頭が疲れ切って早々に寝たのだけれど、まぁ雪を楽しめたようで親としては達成感があった1日でした。