谷 充展のブログ

ある時、不意に胸を衝く言葉たち。そういうものが、どこかに隠れている。そんな場所。

#umbrellademo、引き続きぴょん、人間性とパワハラ

Jump rope challenge - Day 15

は、バタバタしておやすみ。まぁ、気負わず。

 

Jump rope challenge - Day 16

夕方に娘が寝たというので6時過ぎからぴょんぴょん。

本日は改めて35ラウンド。

 

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Book cover challenge - Day 5

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド2巻 完結セット (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 全2巻 完結セット (新潮文庫)

 

村上春樹の作品で最初に読んだ小説。

スペイン語版を手に入れて、DELE検定試験前に勉強したり。

大好きで何度もなんども読み返した。

もう背表紙もボロボロ。

 

大好きなのは、主人公と図書館の女の子が

イタリアンレストランで食事をするシーン。

 

それから、最後の日の朝、日比谷公園で鳩に

ポップコーンをあげながら、ビールを飲むシーン。

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今日の縄跳び、最初の2ラウンドはいい感じで、3分間通しで跳ぶ。

ゆったりしつつも、なんだかんだで350回は3分で跳べるので、えらいもんです。

34ラウンドは、駆け足100回腿上げ100回で瀕死。

4ラウンド目の腿上げとか、脚上がらずに何遍引っかかったことか。

最終ラウンドに至っては、ふつうにゆったり跳ぼうと思っても身体が跳び上がらず。

気分的にはヨーヨーテストの25本目~30本目くらいのしんどさ。

腕もぷるぷるなるし、高湿度で汗はダラダラだし。

 

おかげで終わった後のシャワーがとっても気持ちよかった。

ビール飲みたくなるけどお家にはないので仕方ない。

麦茶で我慢。同じ麦だしな。

 

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香港でデモが激しさを増していると聞いた。

コロナウイルスは?って訊くと、それよりもはるかに重大なことだから、

みんな外出るっていう答え。

 

NHK前で#umbrellademoやってる。

このまえ行ってきた。先週の火曜日。

国会中継やってくださーい」って声出した。

帰宅する職員の方々には「お疲れ様です!」って言いながら。

 

確かにインターネットでは国会の生中継を見ることはできる。

でも地上波のテレビでCMなしで国会をずーっと流すことは、

公共性を考えると重大な役割だと思うのだけど。

 

国会なんてそれこそそこでの論戦の様子がずばりコンテンツなんだから、

垂れ流しでいいのにね。カメラのスイッチングだけでいいと思うし。

(ど素人の浅はかな知識ですが)

 

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都知事選、今回こそは宇都宮さんを当選させなアカンのとちゃうかな。

これから日本の社会を立て直すきっかけにする意味で。

 

今回のコロナウイルス対策で都知事の露出半端なかったもんね。

まぁメディアが東京のことを中心に発信するという事情も大いにあるんやろうけど、

それだけ注目されるところに、ああいう常識的な人がいる意味はとても大きいと思う。

 

常識的、という形容詞も人それぞれなので、

自分でもこの単語でええんかわからんけど。

 

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先週の火曜日にデモ#unbrellademoに参加して以来、

行っていない。

 

理由は家族がいるから。

コロナウイルスの感染状況を鑑みると、

やはりリスクが大きい。

 

案の定、妻が義姉のところから帰ってきた翌日に

3時間話し合いを持った。

 

おかげで初めてぶつかり合えた部分だったり、

溜め込んできたものを言葉にして相手に伝えたり、

そういう機会にもなったことは良かった点。

 

だけどデモへの参加という点では、

やはりこれ以上行くことは叶わないだろうと。

少なくとも、ワクチンが開発され、

効果的な治療薬も承認され、

そういう医療環境が整うまでは。

 

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デモの現場に実際に足を運ぶことはできなくとも、

自分にできることは必ずある。

 

頭を使って考えれば、

自ずと取るべき行動が見えるはずだ。

 

僕はどうしても、

堅苦しく考えてしまうし、

デモ→要求→対象=敵

のように短絡的に見ていた節がある。

 

でも今回のデモを

「エール」

と表現した人がいて、

「これは自分の中からは

絶対に出てこんかったな」

と思ったし、

逆にそういうセンスをライブで感じられて

運が良かったなと思っている。

 

これを何かしら

次に繋げたいと思う。

 

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前回足を運んだ2015年の安保法案反対デモは、

自分にとってはその一回きりの

単発的な出来事として総括されてしまっている。

 

高校の部活の同期と足を運んだが、

それ以降そのことについて話すこともなく、

ただブログに書いて

いいね!とコメントもらって

満足してオシマイ。

 

ホンマ、しょーもないことです。

 

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人間性」という単語をある人のツイッターで目にした。

 

僕はよく、体育会的な文脈で、

「お前人間として終わってんぞ!」

とか、

人間性疑うわ」

とか、

そういう形で耳にしてきたが、

 

元の英語のHumanityやHuman Natureに置き換えると、

まったく意味が通じない文脈であることがわかる。

 

こういうことを考えていると、

自分は知らず識らずのうちに 、いろいろな形で

ハラスメントをしてきてしまったのではないか

ということです。

 

特に、パワハラ的な。

 

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今日は娘がはじめてトイレでpoopしたの。

おもむろにトイレに行って、便座は高すぎるから手伝うよって一緒に入ろうとしたら、

「あっちいって!」

と断固たる意志表示。

まぁいいかと扉を閉め、23回覗くと、目に涙をためている。

踏ん張っていたのです。

 

まさかとは思いながら、扉を閉めて昼食のつづきを摂っていると、

「ママ~」

の呼び声。

妻の後を追って行くと、上手に出来てた。

 

スカートを履かせて一緒に手を洗って、

それから3人で歓喜のダンス。

 

或る日突然、するんですね。できるんですね。

本人の中では、「よしっ!」とか、「えいやっ!」とか、

あるいは、「できそう」とか、

そういった予感だったり、決意だったりがあるんだと思う。

 

そうとも知らず、踏み台がないからといって

手を貸そうとばかりしていた自分を深く反省した次第。

 

やる気を見逃さず、意志を摘み取らず、

かといって、必要なときにすっと手を貸せるように。

 

 

子育てしながら、子供に育ててもらってます。

人間として。

ひとやすみ、日本語訛り、アイスランドの食

Jump rope challenge - Day 10, 11, 12

3日つづけてお休み。気持ちが乗らず。

明日は跳びたい。

 

Book cover challenge - Day 4

日欧比較音声学入門

ロシア語のゼミで1年間お世話になった先生の本。

音声学の基本と「日本語訛り」を教わって目から鱗。“Chicago”(シカゴ)の発音が出来ていないと言われた時はショックでした。

 

妻と娘が帰ってきて、以前の生活が戻ってきた。

リビングも、元どおりにジョイントマットが敷き詰められ、洗濯物の量も増え、洗い物の量も増え、家族揃ってんなぁという実感。

やりたい放題だった生活も、しばらくお預けです。まぁ映画も4本くらいみたし、十分でしょう。

 

アイスランドの映画「湿地」を観ました。

https://www.imdb.com/title/tt0805576/

 

ドライブスルーで「羊の頭」とオーダーしている主人公の刑事が印象的でした。食文化、気になります。

 

男女平等とか幸福度とか、そういうランキングで度々上位に入る国ですが、あそこはあそこで色々社会問題があるんでしょうな。10年ほど前には国の経済が破綻寸前だったし。

予防線を張る

 

意外とキツいな。

 

こわいわ。

 

舐めたこと言うてたなと

痛感する夜。

 

 

自分の考えでもって

やってるように思ってるけど、

実は色々な可能性を

こそこそ予想して

前もって予防線張ろうとしてるだけ。

 

信念なんて

どこにも無いねん、

そう言う時は大抵。

 

衝動的に動く時は

そういう信念があるんだろうな。

 

 

ぶつかれば良いねん。

否定せんと。

自分を否定する相手を否定しつつ

相手その人のことは否定しない。

 

 

孤独と不安、羊の頭、偏差

なぜ気分が落ち込んでいるか、

たぶん知っている。

 

知っているだろうけど

直視したくなくて

ぐずぐずしていたい。

 

起きていても仕方ないので、

お酒を飲む前に

歯を磨いて寝ようさ。

 

サミシイ

連帯感と対話の効果

路上に出て声を上げる。

ある人がひとりではじめると

ひとりまたひとりと

少しずつ

輪がひろがる。

 

自分の日常があり

仕事があり

家族があり

自分ごとだけなら

路上に出る必要はないのだけれど

 

その自分ごとは

絶対なものではなく

存外フラジャイルなのかも

しれない。

 

自分の力を

過小評価することは

過大評価するより

自分に与えるダメージが

大きいのかも

しれない。

 

気負わなくていい。

できるかたちで

声をあげよう。

 

ゼロとイチの差は

時に、イチとヒャクの差よりも

大きい。

 

あの夜、

家を飛び出した自分を

大切にしよう。

 

あの時いっしょに声をあげたから

わかちあえることがある。

 

ひとりで考えていると煮詰まるけれど

言葉を交わすと考えに厚みが増す。

 

行き止まりにぶち当たってると

壁の向こう側からドアを開けて

「こっちだよ」とその先へ

案内してくれるような。

寒の戻り、タオ、いつ自粛やめるの

Jump rope challenge - Day 10

今日は34ラウンドで終了。

急に寒くなりました。身体もあったまり切らず。ペースをあげて跳んだので、息が上がりきつかった。いつも通り両足で跳んだり、駆け足?してみたり膝をあげてみたり。なかなか辛い。

 

Book cover challenge -Day 2

タオと谷の思索、加島祥造

 

タオと谷の思索

 

高校の恩師である神父さんに頂いた本。

これをきっかけに、加島祥造を通して老子に触れた。

学生の間は、本当によく読んだし、支えられたし、

色々考えたので自分のコアの形成に大きな影響を与えているはず。

 

 

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昨日からいろんなことが頭を駆け巡り、あっちにフラフラこっちにフラフラ。

 

自由とかわがままとか、自分とか家族とか。

 

外出自粛で辛いのは、

1)子供を遊びに連れ出せないこと

2)声を上げるために路上に出られないこと

この2つだ。

 

まぁ昨夜は路上に出たのだけれども。

もちろん2mの間隔は保ちながらですが。

 

 

あとは、自粛を解除して外に出るという判断の基準を

どこに求めるのかという問題もある。

 

新規感染者数や陽性率などの数字を元に、国は緊急事態宣言を解除するのだろうから、それに合わせるのも良いのだろう。

 

子供がコロナウイルスに感染しても重症化しにくい理由いくつかの説を、スウェーデンの有力紙が動画で解説している一方、子供はコロナウイルスの影響で川崎病のような症状が報告されているというニュースもあったり。そういう症状の全体に占める割合は低いのだけど。

 

https://www.dn.se/nyheter/sverige/sa-kan-barns-immunsystem-skydda-dem-fran-att-bli-allvarligt-sjuka-i-covid-19/

 

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-15/QABOWNT1UM0W01

 

悩ましいところであります。

日本国憲法第12条、久々のワイン、長生きしたいよ

Jump rope challenge - Day 9

今日は跳ぶ予定だったけど、急遽予定変更でお休み。

 

Book challenge - Day 1

バトンを敬愛する先輩から受け取りました。7日間やります。

まずは1冊目。

 

日本国憲法ーよりよい政治の理解のために、(日能研ブックス)

 

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まぁこんな状況だし、いくつかブログを読んで思うところあり、改めて憲法を直してみると、色々とちゃんと書いてあるんですね。特に第12条、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」は、グッとくるものがあります。憲法に保障されている自由と権利は、自分たちの手で「保持」していかないとダメなんですよ。「不断の努力」によって。一時のブームとかではなく、「不断の」努力なんです。そして、その後段には、「又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と続く。

 

我々サッカーのレフェリーは当然サッカーの競技規則を読み込むわけですけれど、国民として自国の憲法を読むっていうのはそれ以上に大事な事なんだと思う。そうしないと、憲法に反することを国家が行おうとした時に、反対する拠り所がないから流れに任せてしまうことになると思う。

 

 

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仕事がひと段落して7時。あるツイートを読み、それに関連するツイートを読み、衝動的に家を飛び出した。これまでの7週間、用事は特になく、仕事も在宅で今のところ回っていた。時々娘と散歩に行くくらいで、徒歩10分の妻の実家を訪れることもなくなった。時々散歩がてら差し入れを持って来ていただいているが。

 

このあいだの日曜日。フローリングの掃除の合間にツイキャスを見ていた。NHK前で国会中継を求めるデモを一人でやっている方がいた。まったく知らない人だったし、放っておいてもいいのだけど、その方は歌唄いで、どうやらビクトル・ハラの「平和に生きる権利」を日本語で歌っているらしい。こうなると他人事ではなくなるというか、自分に関係あるように思えて(ただこの歌に思い入れがあっただけだけど)日曜だし駆けつけようかとか考えたけど、外出を自粛している手前、また部屋の掃除とかそういうことを理由に、ツイキャスを見てそのあと映画を観てた。

 

今日も一瞬迷ったのだけれど、電車も空いているはずだし、何よりも行動しないと自分を自分で嫌になると思ったので、出掛けて行った。そうだ、自分のために行ったんだよ。

 

市中感染のリスクを考えると、妻子ある身、その行動はどうなんだというのも考えたし、おそらく二人が義姉の家から帰って来たら、キチンと妻に話さなければならないのだろう。けれども、一方で自分の心は「お前、行けよ!」と急き立てていて、今日その声を無視することは出来なかった。

 

国会審議は、最も公共性のあるものだと思う。

 

 

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親になって、自分の子供のためにどういう社会を渡せるかという視点を持つようになったように思う。家庭は社会の最小単位だから、まずは親としてどう振る舞うかなのだけれど、それと同時に、日本の社会に対してどう働きかけるか、そもそもまず行動するかしないか、そこが試されているのではないかと思う。

 

本当は、ふらっと日常の延長で、政治の話したりとかデモいったりとか、できるといいんだよね。

 

そして、政治だけではなく、自分の意見を気兼ねなく発言して、違うと思えば率直に返し、そうやって対話を、もっと身近なところでやっていけるといいのだろうね。

 

レフェリーもそうだよな。先日のオンライン研修会でも、見解は他の人と同じでも、自分の言葉で自分の口で見解とその根拠を発表する事を求められ、とても共感した。あってる間違ってるだけの白黒つけれるテーマなんて、乱暴な言い方だけどあんまり大した事なくって(白黒つけれちゃうんだから)、グレーな問題への向き合い方、節度、そういったものが大事なんじゃないかなと、久しぶりのワインで酔いが回った頭で考えている。

 

 

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今朝は、LArcenCielwinter againを熱唱してる夢を見て、明け方布団の中で聴いた。夢の中では食卓を挟み奥さんの前で歌っていて、しかも高いキーもキチンと声が出てて、音楽を学んでいた奥さんからは感心されてた。なんだろね、この夢。どんな無意識なんでしょう。

 

夢の内容はさておき、そんなこんなで朝起きてから音楽づいてたので、その流れでPanic! At The DiscoI Write Sins Not Tragediesを聴いて、そうしたらFrozen2Into the Unknownも聴きたくなるので、朝から騒がしい。

 

 

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ふとした時に、実はもうコロナウイルスの感染は収まってて、別に普通に生活しても大丈夫なんじゃないか、スポーツとか再開できるんじゃないかって考えが頭をよぎる。東京都の社会人サッカーリーグの再開に向けたニュースを読んで、おそらくそわそわしたのだろう。屋外だしまぁ大丈夫だよね、とか。

 

でも次の瞬間には、本当に感染ピークを過ぎたのか、人口当たりの死者数少ないとか信じていいのか、次から次に疑問が湧き出てくる。当然、それに対する答えなんて持ち合わせていないし、ワクチンが見つかっていない以上、用心することに越したことはない。それに、なんであれなにかの情報に基づき、その時その時にベストと思えるチョイスをすることしか、僕たちには出来ないのであって、軌道修正しながらやっていくしかないのだとも思う。

 

今日、電車に乗って渋谷に行ったと奥さんに伝えると、あきれた様子だった。そらそうだよね。チームで決めていたんだもの。

 

 

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昨日、妻に先立たれた時のことを想像するとか書いた影響かわからないけど、自分の布団を娘のおもちゃのとなりに敷いて横になる時に、ふと、「二人になにかあってひとりぼっちになったら、そらぁメッチャ寂しいんやろなぁ。おもちゃとかよぉ捨てやんねやろなぁ」と無性に悲しくなった。

 

やっぱり揃って元気に長生きしたいね。

仕事と家事と炊事と、想像と妄想、「家族」とは

Jump rope challenge - Day 8

今日も35ラウンド。趣を変えて、アパートの前にある小さな公園で跳んだ。

縄跳びを始めて1週間、ようやく3分間跳び続けることができた。連続してだいたい370回くらいかな。少しコツを掴んだみたい。ただ今度は、集中という新たなハードルが現れ、24ラウンドは跳んでは引っかかり、跳んでは引っかかりを繰り返す。引っかかるのは大抵縄を踏む時なので、おそらくジャンプが小さすぎるのだろう。5ラウンド目はもう一度少しテンポを落とし、気持ち高く跳ぶことでまた300回を超えることができた。

 

家にひとりぼっちになって最初の出勤(在宅の場合なんと言うのだ?)日だったけれど、意外と時間が過ぎるのが早かった。いちばん感じたのは昼食後。昼の1時半くらいまでずっと仕事をしていて、そこまら昼食の用意をして食べ終わって一息ついたらもう3時過ぎ。夕方6時半から30分ほどエクササイズをしてシャワーを浴びて、気づけば7時過ぎ。昼の残りに少しプラスして夕飯を作ったところで同僚とビデオ会議を20分ほど。もう8時やん、エンタメエンタメ、と映画を観ながら食事を摂り、途中に片付けやら娘からのLINEやらしてるともう10時。それから少し仕事をして、日記書いてると11時。あっという間ですねぇ。

 

夕飯は残り物のお味噌汁にチンした冷凍ご飯をぶっこんで卵を落としたねこまんまと、弁当用の冷凍シュウマイ2個、これまた昼の残りの冷凍枝豆。妻が冷凍食品を仕込んでおいてくれたので、なんとかそれらしい食事になっています。全然手間暇かけてなくても、なんだかんだで2-30分はすぐに経つのね、台所に立つと。これを毎日3食やるのは、本当に大変なことです。終わりがないものね。

 

ときたま、妻に万が一のことがあった時のことを漠然と考える。娘と二人になった生活。自分はこの子にキチンとした食卓を提供できるのだろうかと。別に毎食毎食、やれ煮物やら揚げ物やら、そういうものでなくともいいんだろうけれど。今すぐそうなっちゃうと立ち尽くすしかないけれど、小学生くらいになっていたら、一緒に色々な料理を覚えていければいいか、とか。

 

よく想像してます。喧嘩した時とか、このまま離婚したらどうなるんかなぁ、とか。自分が死んだ時のことは想像しないのは、たぶん自分は死んでしまっているから、上から見守るしかないとか思っているんでしょうね。でも、妻に先立たれたら、自分が娘を文字通り養って育てていかなければならないので、それはそのまま重大な死活問題になります。肉体的にも精神的にも。

 

離婚を想像するのは、ある意味で自分にとってはリスクヘッジです。離婚した後の後悔とかそういう感情を想像して先取りすることで、正気を保つと言うか、いっときの感情で衝動的な言動をすることを避けている。

 

ところで、娘はまるで猫のようなもので、食事時にじっと座っていることは珍しい。咀嚼に時間がかかるのだろうが、物を噛んでいる間にじっと座っているのは退屈なのだろう。あるいは、「ご飯できるよ~」の声がかかっても、すぐにはテーブルにつきたがらないので、そんな時はあの手この手で気分を盛り立てて、まずは手を洗いに行くように仕向ける作業がある。

 

この間ふと疑問に思ったことだけど、「どうしてご飯の時には家族揃って一緒に食べないといけないの?」と(この先)訊かれた時に、僕はどういう風に答えるのだろう。

 

「片付かないから」とか、「冷めるから」とか、そういう現実的な理由も当然あるのだけれど、ぼんやりと考えていたのは、食卓を一緒に囲むと言うことが「家族」の定義の一つだから?

 

この話は考え始めると終わりがなくて、またいつか気が向いたらもう少し掘り下げてみたいところではある。昔の偉い人が書いた本とかを読めば、色々書いてあるのだろうけれどね。

フローリングの雑巾掛け、人生で大切なもの、フィンランド語の音色

Jump rope challenge - Day 6

昨日は本を読み耽ってお休み

 

Jump rope challenge - Day 7

35ラウンドをぴょんぴょん。

今週月曜日には100回続けて跳ぶのが大変な苦労だったが、1週間でも継続の効果は侮れないもので、100回の壁は確実に低くなっている。一方、3分の間に何回も引っかかることも依然としてあり、跳び方なのか縄のハンドリングなのか、色々考えながら跳んでいる。いずれにせよ、たった1015分でも、何かしら体を動かすということが続いていることは、自信になる。

 

今日は天気が良く気温も上がったので、リビングのジョイントマットを剥がしてフローリングを雑巾掛け。全部で25枚くらいのマットを2回に分け、浴室のシャワーでざっと水洗いしたのちにベランダで干し、その合間にフローリングに掃除機をかけ、マイペットで拭いてから仕上げに水拭き。あの、よくアニメとかで見る昔の日本家屋の縁側をタッタッタッて雑巾掛けするシーンあるじゃない。一度やってみたかったんよね。ようやく実現。ところで、拭き掃除の経験はこれまでの記憶にない。ふざけた野郎だな。何はともあれ、2年もの間敷きっぱなしになっていたので、ゴミや埃も落とせたし、フローリングも綺麗になってよろしい。何より自分の気分が晴れ晴れとする。

 

合間合間に色々インターネットでかちゃかちゃしたり、キチンとご飯を作ったり。夜は夜で、姪っ子の算数の課題を手伝ってくれと義姉からLINEが来たので、40分ほど格闘。必ず子供には自分の名前の漢字一字を授けるという架空の家族(ゴリーラ家w)の家系図を完成させるのだけど、16人の名前から使われている漢字の回数を抽出して家系図の最下段を確定させてそこから論理的に遡って先代を確定させていく作業。ちょっと小4には難しすぎる課題だったと思うけど、普段使わない部分で考えたからか、結構楽しんでできた。数独に近いな、今思えば。高難易度の問題で徐々に空白マスに入る数字が確定されていく感覚は病みつきになる。

 

夕飯を食べながらAmazon Primeで映画を一本視聴。観たのは「365日のシンプルライフ」という2014年のフィンランド映画

http://365simple.net/

365日のシンプルライフ(字幕版)

 

失恋をきっかけに自分の持ち物を全てリセットして、「人生で大切なものは何か」という問いに365日向き合った実験のドキュメンタリー。詳しくは上のリンク先で読めるので省きますが、監督・脚本・主演のペトリのおばあちゃんの言うことが胸にジーンと来ます。

 

「人生はモノでできていない。」

「家庭は”モノ”ではない。別のものから生まれる。モノはただの小道具よ」

 

フィンランド語の響きも耳に心地いいし、観終わってから自分の来し方・行く末について考えさせられる映画でした。Netflixでも観れるのかな?是非是非、チェックしてみてください!

久しぶりの一人暮らし、社会問題、多様性その他

今日から1週間、妻と娘が義姉宅にお邪魔させていただくので久しぶりの一人暮らし。早速借りた本を読む。

 

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 

ブレイディみかこ著、新潮社

 

通勤の地下鉄で広告を目にしていて、ちょうどその時に著者の別の書き物を読んでいたところだったので、ずっと興味があったもののそれっきりになっていた本。日本人の母とアイルランド人の父を持ちイギリスで生まれた中学生の息子の日常を綴ったものだ。人種差別の話やアイデンティティの問題、Citizenship Education(市民教育)、貧困と格差、教育にまつわる問題、多様性について、セクシュアリティと家族、エンパシーとシンパシーの違い、非常時におけるイギリス社会が持つ草の根の機動力の話、などのテーマが実際の日常生活のエピソードを通して綴られている。著者と息子の会話は子供の成熟の過程を描いているようで、10年後の自分に読ませたい内容だった。

 

一気に読み終えてからインターネットをブラウズしていると、台湾の「デジタル大臣」と呼ばれるオードリー・タンへのインタビュー記事を目にした。327日付のインタビュー。

https://note.com/blkswn_tokyo/n/ne3513163c79b

 

COVID-19で圧倒的な存在感を発揮した台湾のデジタルソリューションの中心的存在と言われる彼女の語る考え方やアプローチはいちいち合理的で「せやんな」「そら早いわ」ということばかりだったが、僕が最も興味を惹かれたのは、後半の、台湾のソーシャルセクターの強さの歴史的背景についての部分。そして最後に引用する詩がまた素晴らしい。これまで読んできた彼女の回答のベースにある哲学の一端を垣間見た気がしたし、何よりもクールだった。

 

そんなこんなで、気がつけば夜中の1時になるので、歯を磨いて寝ないといけない。普段布団を3枚敷いて川の字で寝ている6畳の和室に、今夜は1枚だけ。妙にガランとして寂しく感じるのは仕方がないけれど、そういう寂しさを感じることができるのも家族があるからであって、改めてありがたいなあと思う。

縄跳びのテンポ、あなゆき、国会中継

Jump rope challenge - Day 4

昨日は、おやすみ。

 

Jump rope challenge - Day 5

今日も33ラウンド。ジャンプのテンポを遅くすると、比較的余裕を持って跳べるためか、170回まで通しで跳ぶことができた。頭の中のイメージは、ボクサーのトレーニングのように、縄がひゅんひゅんと小気味いい音を立てながら1分間に120回だか180回だか、とにかく高速で跳んでいるのだけれど、実際自分の身体には身体のご都合というものがあるようで、だんだん頭のイメージとフィジカルな部分がバラバラになっていくのがわかり、そうなるとだいたいすぐに縄が引っかかる。まだ1週間も経っていないので、気長にやるだけなのだが。

 

Frozen2を家族揃って鑑賞。妻と娘は映画館で見ているので、この半年間、ひたすらサントラやYouTubeの動画が流れていて、ブルーレイの到着をいちばん待ち侘びていたのは、実はこの僕だったのです。そこかしこに北欧を感じられて、というか舞台が北欧なんだけれども、百聞は一見にしかずというか食わず嫌いもほどほどというか、親になるまで「アナ雪」に見向きもしなかったのが、すっかり魅了された。

 

午後、仕事をしながら国会中継を聞いていたのだけれど、法務大臣の答弁と委員長の議事進行はホンマにふざけてたな。そして、国会周辺のデモの声が中継にも拾われていて、頭がさがる思いだった。なんというか、ありがとうという感じかな。2015年だったか、国会前のデモに行った。安保法案反対のデモだった。もう5年になるんですねぇ。その間に結婚して親になり、娘は3歳になるわけですが、それにしてもこの5年の間にその安保法案のその後について微塵も調べたりしていないことを、今回のデモの声で思い出したのでした。

 

でも、国会中継、本会議も各種委員会も、どういう議論が交わされているかもそうだけど、どういう日本語が飛び交っているかというところも、見ておかねばとつくづく思った。一国の政府がふざけた詭弁を弄して真摯に回答しない、また逆に、誠実な答弁をする大臣もいる。質問側も、「虐められてるのは大臣だけじゃないですよ」とか、学級会のような馬鹿な話をする議員もいれば、論点を明確に整理しわかりやすく厳しい質問をする議員もいる。

 

そして、自分が話し書く日本語がどれだけやせ細っているか、もっともっと本を読んでいかねばと改めて感じる今日この頃です。

本日より、通常営業

今朝は8時間寝たらすっきり目が覚めて、

いつも通り会社行って、

やる事溜まってたから

思いっきり片付けて、

夜はお客さんとの会食行って、

日付変わって帰宅して、

そっからもう一仕事メール送って、

洗い物片付けてようやく就寝。

 

遅い時間になって眠たくなってくると、またしんみりしたくなる気持ちになり、睡眠を十分にとって活力を取り戻すことの重要さを感じる。

 

通常運転の第一歩、ちゃんとでけたよ。

 

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後ろは見るのは嫌だから

私は前だけを見て歩きますね😃

楽しみにしててね

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こんなん言われたら、

こっちもやるしかないやんか。

 

さすがですわ。

 

 

せやんね。

 

後ろ見るのは嫌いだから

 

嫌いだから、って理由

こんなにパワー持っとんやな。

 

嫌いを理由にした方が

物事進められる時も

あるんやな。

 

 

もう寝よう。

お別れ

魚屋から居酒屋始めて、

10周年、15周年と

常連さんや元・現バイト集めて

お祝いして、

 

今年も恒例の新年会を開いて、

大好きな人たちといっぱい

呑んで喋って、

楽しく大騒ぎして、

ほんで家帰って

ひと眠りしてから旅立つって、

なかなか出来すぎた話やで。

 

自分の店の新年会を、

旅立ちの集いにしてるんやもん。

しかも定休日前で、

仕入れもなく、きれいさっぱり。

 

ホンマ急な事で、

びっくりしながらお通夜に集まって、

全然実感わかんくて、

なんならお顔メッチャきれいで、

いつもかけてた眼鏡取ったら、

「え、こない男前やったん?」

ってみんなに言われてるし、

 

初めて、通夜で夜通し

酒飲み明かして、

語り明かして、

アホな事言いあって笑って、

思い立っては顔見に行って、

やっぱり涙流して、

でもまだそこに寝とるし、

ホンマに今にも起きて来そうな、

ぐっすり寝てる様な

穏やかなお顔で、

 

でも、

告別式の読経は、

これで最後なんやとか

行ってらっしゃい、とか

でも逝って欲しないとか

でもでも

逝かせてあげなアカン、

留めさせたらアカン、

とか思ったり、

 

寝てないから眠いなぁとか、

高野山真言宗ナントカ寺言うてたけど

坊さん高野山から

遠路はるばる箕面まで来たんかなとか、

 

これで最後なんや思ったら

やっぱりビィビィ泣けるし、

宴会のたびに、大将とママさんと

3人でおぃおぃ泣いてたなぁとか、

 

ホンマに皆んなの笑顔見るんが

元気の源なんです!

言うて、真剣に

笑いながら言うとったなぁとか、

自分の名前言いながら

気合入れろ!

言うて焼酎呑みながら

片付けしとったなぁとか、

 

ママさんのことホンマに

惚れた時の気持ちのまんま

ずーっと来てんやなぁって顔で

ニヤニヤしながら馴れ初め嬉しそうに

話してくれたなぁとか、

 

刺身の厚さのこだわりとか、

客商売の本質とか、

理屈こねなんだけど、

自分の感覚を味のある言い方で

言葉にしてくれてたなぁ

滋味がたっぷりのセリフやったなぁ

とか、

 

なんやもう

訳分からんことなってきて、

なんで泣いてんやろうとか考え出して

でも理由なんか整理する必要ないし、

なにしょーもないこと言うてんねん

とか、

 

最後のお焼香はホンマに

いってらっしゃい

ってちゃんと言えたし、

 

でも出棺前の

最後のお別れはやっぱり

全然違くって、

ホンマにホンマに

魚正に入れてくれて

ありがとうございました

それを、

言葉は届かんけど、

想いは届くと信じて

 

今も実感まだまだやけど、

でもふと、

もう灰になってんのかって、

すごい衝撃で、

 

結婚の報告も

出産の報告も

なぜかすっかり怠ってて、

 

結婚式呼べば良かったなぁ

連れて顔見せにだけでも

行けばよかったなぁ

ホンマごめんなさい

それだけが心残りやけど、

 

でも、

突然なんやでって、

お前の父ちゃんも

当たり前思うな、

母ちゃんも当たり前

思うなって

笑いながら言うてくれてるような

そんな気がするし、

 

ホンマ久しぶりに

一緒にバイト入った子らと

昼飯食べながら

思い出話しさせてくれたし

常連さん達にも

ご無沙汰です、はじめまして

そうやって繋げてくれて、

 

なんかタイミングも

休み取れるピンポイントで、

 

そんなこんなで

ホンマに立派な葬儀やったし、

一晩そばで明かせて、

色んな気持ちのごった煮のまま、

新横浜ついて

バス待ちながら、

 

踏ん切り

前進

そのしんどさと

大事さを

しみじみ思いながら、

 

また明日から

頑張らなあかんのです。

ジメジメした8月の夜

シャワーを浴びてさっぱりした後に、段ボールの山を解体して汗だくになり、もう一度シャワーを浴びるか迷っている。

 

とりあえず明日の試合に向けた準備をしつつ、クーラーで冷却。風邪引かないといいけど。

 

 

 

 

 

 

視線の先と、物事の本質と。

組織の中の、

どこを見るのか。

階層化された組織の中の、

どの組織を見るのか。

 

現実に対する絶対的な肯定の上に

成り立つ議論。

あり得たかもしれない過去と

その延長上の未来への憧憬。

 

相手の言葉を承けて、

自分の中に新たな考えが

浮かび上がる。

 

各々役割があり、

その役割を当人に伝える

役割もある。

 

映画には、

俳優がいて

監督がいて

演出家がいて

スポンサーがいて

広報がいて

コピーライターがいて

エキストラがいて

その他大勢の関係者がいる。

 

それぞれが各々の役割を果たして

一つの映画作品を生み出す。

 

それは

組織においても

大体は同じような

ことなのだと思う。

 

同じポジションにいても、

そこに至るプロセスは千差万別であり、

抱えて来た葛藤の数であったり

達成感の密度であったり

はたまた、

受けた叱責の内容であったり。

 

同じポジションでも、

語れることにその人の個性が出る。

そしてパーソナリティが表れる。

 

どういうタイミングで

どのような言葉遣いで

どのようなトーンで

どのような状況で

何を伝えるか。

 

あるいは、

伝えないのか。

 

自分なりに物事の本質を見極め

それを他者に贈り届ける。

そしてその他者が見極めた本質を

贈り返される。

 

そうして自分の中での本質の理解が、

また新たな様相を呈する。

 

健全な議論というのは、

お互いの言説が

相手に次の想念を喚起し合い、

二人の間に第三者的な言論の場が

立ち上ってくるような。

 

 

そんなような。